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揺れる着物を眺めて、風が出てきたと思った。
初めて今昔に来た日も、軒先で着物が揺れていた。
入り口のガラス戸に、半紙にカタカナと漢字らしき文字で書かれた貼り紙がしてあって、ヒロムはそれを解読するべく、腕をくんで半紙をにらんでいた。
5分ほどにらんでいたら、ガラス戸がガラリとあいた。
ガラス戸は埃にまみれて、店内に人がいるように見えなかったし、まず、この店が営業中だとも到底思えなかった。
中から40がらみの、いかにも胡散臭い男が出てきた。
男は見た目の割に優しく声をかけてきた。
『キモノウリマス、って読むんだよ。その末尾の四角形にナナメの線ひいたの、マスって読むの。』
『はぁ…。そうですか。』
『君学生?』
『はい。K大です。』
『K大?なんでこんなとこにいるの。この辺の子じゃないでしょう。』
『あ…自動車学校のバスの中継地だから…。』
『免許か。いいなぁ。』
『良くないです。僕、ビビリだから運転に向かない。』
『そうか。』
しまった。
この男はただの社交事例で自分に話しかけただけなのに。気まずい顔をしていたのだろう、男がアルバイトの話をきりだした。
ヒロムは即答した。
骨董になんか興味はないが、店にいれば良い、売り込まなくて良いというのが良かった。
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