第六章

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「悠さん…傷ついちゃったかな…」 朝日はベッドの上で沈んでいた。 元気づけようと自分の肩を叩こうとした悠を間接的に拒んだのだ、その事に悠が気付いていたならば彼は傷ついているに違いない。 そう思った彼女はため息をついた。  朝日は悠の事が嫌いなわけではないし、拒んでいるわけでもない。 だがしかし、常に彼女の中では別の男性が浮かんでいるのだった。 生前、付き合っていた恋人。  少し軽い印象もあったが、優しかった。  そしてその男こそが、彼女をこの世に縛り付けている原因である。 彼は朝日が入院した時、毎日見舞いに来た。 そして、抗がん剤で髪が抜け落ち、やつれた彼女は、その姿を彼が受け入れてくれるかどうか不安だった。 しかし、彼はその姿を見てこういった。 「朝日は、朝日だよ」 そして、また必ず来るからと言い残し、病院を去った。  だが、彼はそれ以来来なかった。 連絡もつかず、理由の見当もつかない。  だが彼が言った必ず来るからという一言を信じて待ち続けた。 そして朝日は、もう一度彼に会うことがないままこの世を去ったのだった。  だから朝日は病院にいた。  来る日も来る日も彼を待ち続けていたのだった。 
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