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何のため?
物心がついた時から、有馬彰文【アリマアキフミ】にとって、母である富美江【フミエ】の言葉は絶対であった。
大学受験のあの日まで。
幼い頃から子守唄のように聞かされていた言葉の呪縛。
『将来は医者になること。』
『生徒会長になれば内申書にプラスになる。』
『学年トップ以外は決して許されない。』
五歳の時から十八歳になるまでの十三年間。
毎日のように富美江から聞かされて育った彰文は、疑問を持つことなく勉強の日々を送っていた。
おかげで心を許せる友達は一人もいない。
家に友達を呼んで遊ぼうとすると、富美江がヒスを起こして友達を追い出した。
そして驚き戸惑っている彰文を平手で殴り、怒鳴った。
『頭の悪い子ばかりと遊んでいると、成績も品格も落ちるわよ!それも解らないの!』
意味が解らなかった。
それがきっかけで彰文はいじめに合い、登校拒否をしたが富美江は許さなかった。
『休んでばかりいると、成績や内申に影響が出るでしょうが!』
世間体ばかりを気にしている富美江らしい言葉だ。
当然、富美江の両親や夫である彰雄【アキオ】は『彰文がかわいそうだろう!』と怒ったが、彼女は決して耳を貸さなかった。
富美江が何故、ここまで息子である彰文に固執しているのには、ある事情があったからだ。
それは、今は亡き彰雄の父親である舅の存在だ。
彰文が生まれる前に亡くなった舅は女遊びが激しく、彰雄や妻に迷惑ばかりをかけていた。
それを間近で見ていた富美江に、舅は酔った勢いとはいえ襲い掛かろうとしたのである。
寸前のところで彰雄が守ってくれたことで事なきを得たのだが、この時に富美江の男に対するイメージは崩壊していった。
家庭を試みない舅に愛想がついた姑は、執拗以上に息子である彰雄に執着を始めた。
一人息子だったのも影響だったのだろうか?
彰雄としては富美江を優先したいのだが、泣きながら自分に縋りつく母親を見捨てることが出来なかった。
結果、心労の末に姑は病気で亡くなり、後を追うように舅も事故で亡くなった。
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