何のため?

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 富美江が妊娠している間、彰雄は職場の若い女性と浮気をしていた。  それを知り、富美江は発狂寸前になり、何度も流産しかけてしまった。  舅からのあるまじき行為。  姑の異常な息子への執着。  そして、夫の浮気。  幸せな家庭を築きたいと願っていたはずが、理想と現実では全く違う。  絶望の末、富美江は彰文を産んだ。  姑と舅が亡くなった後に、彰文が誕生したのだ。  以来、富美江は子育てに対して病的とも思えるほどの神経質になっていった。  富美江の両親は心配し、彰雄も気が気じゃなかった。  結果的に、富美江の行動は彰雄の浮気を煽ってしまい、いつの間にか自宅に帰ることが少なくなってしまった。  二人の溝は深まっていく一方、彰文はすくすくと育っていく。  彰雄は息子には自由に生きて欲しいと願っていたのだが、富美江によってそれは却下された。  彰文が三歳になった時。  彼の悪夢が始まった。  富美江は家庭教師を家に招くと、三歳の彰文に英才教育をお願いしたのである。  これには彰雄が大反対をしたのだが、富美江は怒鳴った。 『あなたみたいに、家庭を試みない男が私のやることに口を出さないで!』  彰雄が口を出すと決まって富美江が甲高い声で怒鳴って黙らせる。  それの繰り返しだ。  次第に彰雄は黙り込んでしまい、浮気も止めた。  理由は、厳しい教育に耐えられない彰文の逃げ道になるためだ、 (富美江から守ってやれるのは、自分だけだ。)  ようやく父親としての自覚を持った彰雄だが、彼だけでは彰文を守るには力不足過ぎた。  彰雄は富美江のことで悩むと、即座に富美江の両親に相談しては、注意してもらうようにお願いをした。  情けないと思われるが、両親の言葉なら彼女も聞くだろうと最終手段だったのだ。  だが、富美江は周囲から耳を閉ざしてしまい、病的な執着を彰文に押し付け続けた。  小学校、中学校では成績がトップでも、生徒会長になることが出来なかった。  理由は、富美江の周囲を寄せ付けさせなかった教育が原因だ。  成績がいいだけでは、信頼は得られない。  彰文は常に孤立をしており、周囲に溶け込もうとはしなかった。  いや、出来ないのだ。  以前、友達を自宅に招いた時に起きた富美江のヒス。  あれが怖くて、友達を作る気力が全くないのである。
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