1 闇にたゆたう

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 最近業界をにぎわせているインディーズ・バンドが奏でるハードなパンク・チューンが流れ出す。  それはヘッドフォンから少女の耳へとめどなく注がれ、洪水のようなボリュームは耳とヘッドフォンの隙間から溢れている。  収まりのいいようにイヤーパッドの位置を調節すると、久実はバイト先の裏口を離れて歩き出した。  好きな音楽に浸り、周りの全てから遮断される。  ここにあるのは、音とリズムと、同化して混ざり合った自分だけ。  嫌なことも日々のストレスも、このときばかりは自分とは無縁の存在となる。  仕事をあがるのが午後八時。身支度をして十五分。駅までの道のりも十五分。  帰り道に乗る電車の発車時刻は午後八時二十八分。  走らなくては間に合わず、次の発車を待つところなのだが――。  久実は繁華街の細路地へ続く角を曲がった。  この近道を行けば、さほど急がなくても二十八分の電車に充分間に合うのだ。  街灯もなく、ネオンの明かりも届かない薄暗い路地。  しかしそこを進む久実の足取りは慣れたものだった。  何の前触れもなく。  右耳に届く音が消えた。  それに気付く間すら与えられず、少女は全ての音から遮断された。  ヘッドフォンは耳に固定されたまま、しかしコードはちょうど首の位置で途切れ、少女の側頭部はアスファルトに倒れ込む。  彼女の瞳に映りこむ、立ちすくむ自らの身体。  全身を朱に染め、首から上を失ったそれはゆっくりと傾き、血の海へと沈む。  虚ろにその様子を眺める瞳には、一片の光も残されていなかった。  そう、瞳に映るのは、闇そのもの。  闇は、突然の悲劇に襲われた少女の首を持ち上げた。  そして謳(うた)う。    闇よ  深淵なる静謐よ  この願いを聞き届けたまえ  闇を求め、力を求めし者よ  必要な首級はあとひとつ      我に力を――  
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