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冬が近づくにつれ、空気は冴えて空も澄んで来る。
それでも街明かりに霞む夜空は、都会特有のくすんだ色を見せていた。
夜空本来の色を鈍らせている街灯やネオン。
それらは闇を切り開き、街全体を光で包む。
しかし闇は、取り除かれたわけではない。
光をかいくぐり、建物と建物の隙間に、路地の影に、人々の眼が届かぬところへ身を潜めているに過ぎないのだ。
その闇に浮かぶ、白い影。
影は、少女の形をしている。
ふわり、ふらり。
少女は闇に揺らぎ、たゆたうように、闇の中をゆっくりと進んでいく。
彼女の行く闇の中は、ほんのひとかけらの光さえ見いだすことができなかった。
だが今、少女の行く手にほのかな光が見え始める。
光から届くのは、光の元へといざなう誰かの声だった。
言葉は聞き取れず、それでも確かに届く声。
光は少女の姿を闇から切り取るように、闇をそぎ落としていく。
黒いブレザーを羽織った白いワンピースの制服を、それに包まれた細くもしなやかに鍛えられた身体を。
そして、快活そうな短い髪に縁取られた幼さの残る顔立ち。
そこに据えられた二つの瞳は、闇と同じ。光は微塵も無い。
瞳に差し込んだほのかな光と声は少女を暖かく満たし、やがて意識という名の灯が燈る。
今や、少女は完全に闇から切り離されていた。
少女は眠りから覚めたばかりといった様子で辺りを見回した。
何の変哲も無い、駅から少し外れた通り。
薄暗い路地を照らす、ほのかな灯りがひとつ。
見ると、路地の片隅に軽トラックを改造した屋台があった。
コンテナのサイドが上に開き、それが庇代わりになっている。
庇の端に吊るされた白い提灯には、味のある筆文字で『十夜』と書かれていた。
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