1 闇にたゆたう

4/6
前へ
/42ページ
次へ
「大丈夫?」  突然かけられた声に、少女の肩がびくりと震えた。  声の主は、屋台の中にいる人物――つまりは屋台の主なのだろう。  しかしその姿は、屋台の主人のイメージからは程遠いものだった。  年は若く、二十歳過ぎくらいの青年。  コンテナの中は暑いのだろうか、肌寒くなってきたこの時期に半袖のTシャツを着ている。  その上に身につけた黒いエプロンには、提灯と同じ文字が白抜きで躍る。  女から見てもうらやましい白い肌と、対照的な艶やかな黒髪。  わずかにクセがあるのか、ふんわりとしたその髪が彼を年よりも若く見せている。  何よりその顔といったら、モデルか俳優です、と名乗ってもまず疑われることは無さそうだ。 「だいじょうぶ?」  もう一度問われ、少女は我に返った。少し遅れて返答を返す。 「だいじょうぶ、です……」  どうしたことか喉がカラカラで、搾り出した声は枯れていた。  声だけではない、全身が重く今すぐにでも帰って眠りたいほど疲弊している。 「稜成(りょうせい)学園の生徒さんなんですねぇ」 「……よくわかりましたね」  初対面で馴れ馴れしく声を掛ける人間は苦手なのだが、彼の声は警戒や猜疑(さいぎ)など溶かしてしまう暖かさと柔らかさを持ち合わせていたのだ。  その声が、かすかな懐かしさを含んで響く。 「僕も通ってましたからね、何年か前まで。後輩が通りかかったのも何かの縁、食べていきません? ちょうどあと一杯分残ってます。あなたが“最後のお客様”ですよ」  コンテナから出てきた主は、思ったよりも長身だった。180cmはある。  少女は促されるままカウンター前の丸椅子に腰掛け、持っていることを思い出した鞄を足元に置いた。  ふと、傍らに吊るされた提灯に眼が行った。 「それ、なんて読むんですか?」 「ああ、『とおや』って読むんですよ。僕の名前」  屋台の主――十夜は嬉しそうに言って少女に水を注いだグラスを差し出した。  
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加