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「大丈夫?」
突然かけられた声に、少女の肩がびくりと震えた。
声の主は、屋台の中にいる人物――つまりは屋台の主なのだろう。
しかしその姿は、屋台の主人のイメージからは程遠いものだった。
年は若く、二十歳過ぎくらいの青年。
コンテナの中は暑いのだろうか、肌寒くなってきたこの時期に半袖のTシャツを着ている。
その上に身につけた黒いエプロンには、提灯と同じ文字が白抜きで躍る。
女から見てもうらやましい白い肌と、対照的な艶やかな黒髪。
わずかにクセがあるのか、ふんわりとしたその髪が彼を年よりも若く見せている。
何よりその顔といったら、モデルか俳優です、と名乗ってもまず疑われることは無さそうだ。
「だいじょうぶ?」
もう一度問われ、少女は我に返った。少し遅れて返答を返す。
「だいじょうぶ、です……」
どうしたことか喉がカラカラで、搾り出した声は枯れていた。
声だけではない、全身が重く今すぐにでも帰って眠りたいほど疲弊している。
「稜成(りょうせい)学園の生徒さんなんですねぇ」
「……よくわかりましたね」
初対面で馴れ馴れしく声を掛ける人間は苦手なのだが、彼の声は警戒や猜疑(さいぎ)など溶かしてしまう暖かさと柔らかさを持ち合わせていたのだ。
その声が、かすかな懐かしさを含んで響く。
「僕も通ってましたからね、何年か前まで。後輩が通りかかったのも何かの縁、食べていきません? ちょうどあと一杯分残ってます。あなたが“最後のお客様”ですよ」
コンテナから出てきた主は、思ったよりも長身だった。180cmはある。
少女は促されるままカウンター前の丸椅子に腰掛け、持っていることを思い出した鞄を足元に置いた。
ふと、傍らに吊るされた提灯に眼が行った。
「それ、なんて読むんですか?」
「ああ、『とおや』って読むんですよ。僕の名前」
屋台の主――十夜は嬉しそうに言って少女に水を注いだグラスを差し出した。
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