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「おいくらですか?」
立ち上がり、持ち上げた鞄から財布を取り出そうとする少女の問いかけに、十夜は大げさなほど両手を振って言った。
「今回は僕のおごりです」
「そんな。そういうわけには」
「今日はもう終わろうとしていたところで。ちょうど余っていた一食を食べてくれるお客さんがいて、僕も助かったんですよ。
次回また縁があったら、そのときはきちんといただきますから。ね」
「でも……」
「いいからいいから」
そう言われても、代金を払わずに帰るのは気が引けた。
が、あまり頑なに好意を退けるのも悪い気がして、少女は深々とお辞儀をした。
「ありがとうございました。また、食べに来ますね」
少女は腕時計を気にしながら、足早に屋台から遠ざかっていく。
屋台の外に出て、今日の“最後の客”の姿を見送りながら、十夜は丸椅子の足元に落ちていたものを拾い上げた。
校章の入った赤い革のケース。
ビニールの窓からのぞくのは稜成学園高等部の学生証だ。
2-3 中嶋 美咲
『十夜』の提灯の灯りが、学生証の中にいる少女の姿をやわらかに照らす。
眼前にかざした学生証をわずかに下にずらして、その先にある路地へと視線を向けた。
白い制服の後姿は、すでに見渡せる範囲から姿を消している。
十夜の屋台を最後に訪れる客は、必ず問題を抱えている。
それも、通常の方法では解決することのできない問題を。
意識してか無意識か。
どちらにせよ、闇夜を照らす屋台に灯る提灯の光に“救い”を求めていることに違いは無い。
「闇に囚われた少女、か……」
かすかなつぶやきは誰にも届くことなく、夜の冴えた空気に溶けていった。
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