プロローグ

2/4
9661人が本棚に入れています
本棚に追加
/448ページ
まったくもって、今日は本当に厄日だ。 辺り一面深緑色の世界の中、黒衣を身に纏い、長い銀髪を左右にまとめたその少女は行き場のない怒りを胸に頭の中で誰にぶつけるでもなくそうぼやいた。 人の手が一切入っていない森の深い場所にまで足を踏み入れてしまったせいか、足場が悪くとてつもなく走りづらい。 体力の限界もとうの昔に越えており、できることならばすぐにでもこの疲れきった足を止めて一杯の水でも口にしたいところだが、今は悠長に一息をついている余裕など一秒もなかった。 その理由というのも、背後から迫ってくる複数の足音が全てを表していた。 間を置かずに聞こえてくる重複した足音はその数の多さを彷彿とさせるもので、木々の陰や枝葉の間から覗くくすんだ翡翠色の鱗は追跡者が異形の者達であるということを証明している。 森の中で大規模な群を構成して生活する魔物、ドレイク。それなりに知能が高く、旅人によって廃棄された武器を使用し、巧みなチームワークによって不用意にテリトリーに侵入した獲物を狩るという相手にすれば厄介極まりないモンスターだ。 この時期に群生する珍しい薬草を求めてわざわざ遠出までしてここまで来たまでは良かったのだが、彼らの縄張りに足を踏み入れてしまったのは迂闊だった。 せっかく摘んだ薬草の入った籠も逃走中に落としてしまい、一体何をしにここまで来たのだろうか。少なくとも、ドレイク達の餌になるためでは絶対にないだろう。 とにかく、明日の朝日を無事に拝みたいのならば、今はひたすらに疲労で限界の足を動かし続けるしかない。 太い木の根で凹凸の激しい足下を跳ぶように駆けながら突き進んでいると、薄暗い森の奥から射し込む一筋の光が見えた。 あれは間違いなく森の出口。とりあえず森から出てしまえば、日光を嫌うドレイク達は追って来ないはずだ。 わずかな希望を活力に少女は折れそうになる気持ちを奮い立たせ、追いつかれてなるものかとさらにスピードを上げて狭い木々の間を駆け抜ける。 残りあと数メートルといった距離まで近付くと少女は嬉々とした満面の笑みを浮かべており、その希望に満ち溢れたオーラも肉眼で確認できるほど。 しかし、その一縷の望みは奇しくも無惨に打ち砕かれることになる。 「う、ウソでしょう……?」 ようやく森を抜け、望んでいた太陽の下へと躍り出た少女は愕然と立ち尽くした。
/448ページ

最初のコメントを投稿しよう!