今を

2/7
前へ
/15ページ
次へ
「ずるいですよ」 打ち付ける雨。立ち並ぶコンクリートのビルの隙間。行き止まりで尻餅をついた状態の女と……その女に無表情で銃をつきつける男。 「両足撃たれちゃ、さすがにもう逃げられないじゃないですか」 まるでベタな刑事ドラマのワンシーンだ、と心の中で感心しながらも、ドラマだったらいいのにと曜子は薄く笑った。 「……何笑ってんだ」 低く言ったのは曜子に銃をつきつけている佐藤だ。 チャキリ、と銃を構え直した佐藤に睨まれ、しかし曜子は肩をすくめただけだった。 片手に盗んだ情報が書かれた書類を抱えつつ、もう雨でインクが滲んでるんだろうなぁとボンヤリ思う。 「やられたよ、本当」 佐藤の声は冷静で、抑揚がない。 いつもと同じ、彼の声。 『いつも』に戻れなくなった今、そんな小さな事実にすら少しの安心を覚えてしまう。 「お前は有能な部下だったから残念だ。まさかスパイだったとはな」 「スパイじゃありませんって言った覚えはありませんよ」 「減らず口もそのままか」 喋る度に撃たれた足からドクドクと血が溢れる。痛みと寒さで体が動かない。 死を間近に感じた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

278人が本棚に入れています
本棚に追加