今を

5/7
前へ
/15ページ
次へ
目の前がかすんできた。 これ以上は無理かもしれない。 目が虚ろになった状態でか細く言う曜子に、佐藤は無言で銃を構え直した。 再び元の体勢になる。 銃の安全装置を外し、佐藤が引金に指をかけた。 その時。 「…………ですか?」 佐藤が指に力を入れるか入れないかという絶妙なタイミングで、曜子のか細い声が響いた。 いつもは凛とした声は今は小さく震えていて、雨の音に掻き消されていない事が不思議なくらいだった。 それでも佐藤の耳には届いたらしく、銃を持つ手がピクリと動いた。 佐藤は照準を定めていた銃を顔の前からどかして、何も言わずにジッと曜子を見据える。 佐藤の黒い瞳に、珍しく無表情の曜子が映った。 やがて機械的に開いた彼女の口から出たのは、佐藤の想像を遥かに越えた言葉だった。 「……何で笑ってないんですか?」 まるで非難するような響きだった。 「……は……?」 佐藤は言われた意味がわからずに、思わず目を見開いていた。 佐藤が足元にできた水溜まりを覗き込めば自分の顔が映る。 その顔はいつものように笑ってなどいなかった。 こわばっていたといったほうが適切な表現かもしれない。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

278人が本棚に入れています
本棚に追加