第七章 水澱

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水槽に投げ入れられたナイフは底に沈み、銀色の光沢を濁った水の中で反射してその存在を主張する。 中野は、自分の命を絶つために使おうとした器具が沈む水槽へ近づき、高城の横に座り込むように並んで、その水槽を眺めた。 そこには、ナイフに加えて、様々な物が藻を帯びて沈んでいた。 本、汚れた十字架、機器とその部品、高価だったが今は錆付いたアクセサリー、破けた紙幣。 そんな中に一つ、まだ余り汚れていないピンク色の財布があった。 それはかつて、中野が高城に渡した、浮気仲介の報酬だった。 (富も、宗教も、思想も、学問も、文明も、文化も、全ては淀んだ水の底。) 中野にはそれが、高城が表現する失うことの無意味さのような、そう思えた。
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