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あれは、私が五歳の頃だったわ…
「お母様ー!」
一人の少女が布団に横たわっている女性に駆け寄った。女性は少女を見ると、優しく微笑んだ。
少女が駆け寄ると女性は布団から手を出して、少女の髪を撫でた。
女性の手はやせ細って皮と骨だけの腕だった。
「あのね!お花を摘んできたの!」
少女は母のために摘んできた、小さな黄色い花を母に渡した。女性…母はそれを見て布団に手を置いて起き上がった。
「ありがとう…可愛いわね…光陽」
「えへへ~」
光陽。それが少女の名前。
少女は母のお腹あたりに抱き付いた。病で細く、やせ細った母の腰。ゲホッコホッ…ハッ!として母を見上げると母は口に手をあてて苦しそうに咳き込んでいた。
「お母様!大丈夫?」
「ゲホッ…コホ…だ、大丈夫よ…」
苦しそうに咳き込んだ母の背をそっとさすると、母は後ろを振り返って、ありがとう…と言った。
「でも、少し菖蒲の所に行ってきなさい」
空「どうして…?」
「菖蒲に頼んでおいた物があるの。もうそろそろ出来る筈だから、取りにいってきなさい」
少女は不安そうに母を見つめた。
菖蒲は母の妹。家も近所でよく遊びに行っている。母の言葉に、少女は渋々頷いた。
「じゃあ、行ってきます…」
「気をつけてね?」
近所の菖蒲の家に走っていく。トントン、と戸を叩くと菖蒲がひょこっと顔を出した。
「あら…どうしたの?」
「お母様が菖蒲さんに頼んだものがあるから取りにいきなさいって」
そう言うと、菖蒲はヘンな顔をして首を傾げた。
「え?姉さんが?おかしいわね…姉さんから頼まれたものなんて無いんだけど…」
「え?でも…」
確かに母は、頼んでおいた物があると言った。どうして…?
「せっかく来たんだし、甘味食べていかない?丁度出来たところなの」
その誘いに、さっきの考えは胸の奥に消えていった。菖蒲が作る甘味はいつも美味しくて大好きだった。
「いいの!?」
「えぇ、一人で食べても美味しくないから」
少女は嬉しそうに頷いて菖蒲の家に入った。
なんで…あの時、もっと考えていなかったんだろう?お母様がついた初めての嘘をもっと真剣に考えて、家に戻らなかったんだろう…
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