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暫くうずくまっていると、家の戸が開く気配がした。だが、母が出て行ったわけではない。誰かが入ってきたんだ。
襖の隙間から誰が入ってきたか見た瞬間、光陽の身体が恐怖で固まった。
お父様…
いや…怖い…怖いよ…
母は、父の前に出て真っ向から対面した。
「なんだ、起きて平気なのか?」
「はい。あなたが来ると分かっていて寝ていられるわけないでしょう?」
「よく今日だと分かったなぁ…」
「今日は、あなたと私が初めて会った日ですから。今日だと前々から存じていました」
二人の会話の意味はまだ幼い光陽には理解出来なかった。
でも、これから何かが起きると、幼心で感じていた。
「あぁ。頭の良い女は嫌いじゃねぇよ?ただ…」
そこまで言って父は手を握り振りかぶった。
「好きでもねぇがな!」
バシッと部屋に人が殴られる音と、母が倒れる音が響いた。
倒れた母を見て、父は狂ったように笑っていた。母はなんとか両手をついて上体だけ起き上がった。口端からは、血が出て頬は痛々しく腫れ上がっていた。
父はそんな母の髪をグイッと掴むと、顔を近づけてニヤリと笑った。
「これだけで済むと思うなよ?」
その言葉に、母も挑発するような笑みで応えた。それを合図に父は母を殴り始めた。
部屋には狂ったような父の笑い声と、母を殴る音だけが聞こえてくる。
光陽は目を瞑って耳を塞いで唇を噛んで、必死に我慢していた。じゃないと母のもとに駆け寄ってしまいそうだから。
母は理解していたんだ。自分が殺されること、だから菖蒲の所に行かせた。光陽だけでも逃げられるように押し入れに隠した。
ごめんなさい…
ごめんなさい…
必死に瞑った目からは涙した出なかった。何か大切なものが消えていく。
そんな感じがした…
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