1416人が本棚に入れています
本棚に追加
「お父様…」
父は、血で濡れた手で光陽の頬に手を当てて笑った。口からは血が溢れてくる。光陽の頬には、涙が溢れている。
「すまない…光陽…」
そう言って、父は目を閉じた。頬にあてられた手が力を無くして、落ちた。
光陽が父の身体を揺らしても、もう目が覚めることは無かった。光陽は涙をグシグシと拭くと母に向き直った。
「お母様…」
髪は乱れて、白い肌は至るところが青紫色に腫れ上がり、投げ出された手はぐったりとしていて動かなかった。
「どうして…?」
光陽の問いに答える者は居なかった。
ただ、いきなり失った家族に心が締め付けられて、母を殺した父に怒りだけが込み上げてきた。
「ッ……」
どうして…?なんで…?どうしてこんなことになったの?
そのまま光陽は気を失った。
目を開けると見慣れない天井が目に入った。
襖が開いて菖蒲が入ってきた。菖蒲は光陽が起きているのを見ると駆け寄ってきて抱き締めた。
「ごめんねぇ…ごめんねっ…」
「菖蒲さん…」
そうだ…お父様、お母様。大好きな二人はどうなったの…?
私はどのくらい眠っていたんだろう…?
「あの…菖蒲さん…」
「んっ?なにっ?」
「お父様とお母様は?」
そう言った瞬間、抱き締めていた腕の力が強まった。その表情は悲しげに歪んでいた。なんとなく、答えは分かっていた。
「ごめ、ん…なさい…私が行ったときは、もう…」
あぁ…やっぱり…
大好きな二人はもう居ないんだ…
心の中がスッカラカンだ…どうしてだろう…涙が出ない…
なんで?
「菖蒲さん…涙が出ない…」
「!……」
「菖蒲さん。私に名を頂戴?」
自分でも、何を言ってるか実感出来なかった。でも、勝手に言葉が紡がれていた。頭が正常に動いていないと思う…
「菖蒲さん…私に名を下さい…」
「…でも、あなたには光陽という名が…」
「いいんです…」
.
最初のコメントを投稿しよう!