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空「あれー?」
呼んでたっけ?と、首を捻る空に奥から声が掛かった。
その声に、空は名残惜しそうに奥に戻っていった。
二人になった空間は実に居心地の悪いモノだった。他にお客様がいるが、二人の様子に気付かない。
稔「ちょっとおいで」
え?と、返事をする前に手首を掴まれて店の外に引っ張り出されて人通りの少ない道を歩き始めた。
ゆ「ち、ちょっと栄太郎!私、仕事が…」
稔「そんな顔で続けるつもり?」
っ…何も言い返せない。自分が酷い顔をしていると自覚はあったから。
稔麿は手首から、手を握った。ゆきこもぎゅっと握り返した。
今はその優しさに甘えてみることにした。
あ、菖蒲さん達に何も言ってなかった。
ゆ「…どこ行くの?」
稔「僕が泊まっている宿屋。もうこれ以上、キミが傷つくのを黙ってみているわけにいかない」
ゆ「え…?」
稔「ゆきこ…」
僕と一緒に来ない?そう言って、手を離して差し出した稔麿にゆきこは戸惑った。その様子を見た稔麿は手を差し出したまま続けた
稔「僕はキミを裏切らない。傷つけさせない。キミが嫌がっても、ずっと隣に居てあげる。絶対に一人にしないから」
その言葉は、ゆきこの傷ついて弱っている心に甘く浸透していく。裏切らない、傷つかない…
でも、私はあの人達を裏切れない。
ゆ「私は、あなたを一番に考えられないし、あの人達を裏切れないよ?」
稔「それでもいいよ。僕にも一番は居るし、キミがあいつらを裏切らなくてもいい。キミにとって、辛いことをさせたくない。だから、おいで」
優しい声音はゆきこの頭に響いて思考を溶かしていく。
その差し出された手に、ゆきこは手を伸ばしてしまった。
そのまま引き寄せられ抱き締められた。
ゆ「一つだけ条件」
稔「なに?」
ゆ「もし私が稔麿を稔麿達を裏切ったら私を殺して?」
稔「…分かった」
ゆ「…ありがとう」
その時私は知らなかった。
私のこの決断が誰かを傷つけて、誰かを苦しめていくことになるなんて…
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