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稔「さてと、もう古高は帰っていいよ」
「は?」
思わず言ってしまったが稔麿がジロリと見てきたので慌てて取り消した。
ゆきこが見てないとこうなるとは…その目線に古高は無意識に背筋を伸ばしていた。
「あ、あの…それで要件とは…」
稔「ああ…。早く準備を整えてくれる?早くしないと…潰すよ?」
最後の一言は冗談には聞こえないほど重かった。背中にぐっしょりと冷や汗をかいている気がする。
これが、吉田稔麿の真の姿。
「は、はい。それでは、失礼します」
そう言って古高は自分の着物を持って部屋を出て行った。
晋「ふっ…」
桂「なんだ晋作。いきなり笑って…」
晋「いや…」
いきなり吹き出した晋作に稔麿と小五郎が怪訝そうな視線を向けた。
いや…と、酒を注ぎながら少し嬉しそうな晋作に二人は首を傾げる。
稔「晋作酔ってんの?」
晋「ちげぇよ。久しぶりにお前の本気が見れるかと思うと嬉しくてな」
稔「……」
晋「お前のあんな声久しぶりに聞いたよ」
先程、古高に放ったあの声。まるで刀を突き付けられたような重みがある。
あぁ…と、納得したように小五郎は頷いた。
桂「確かに。だが、まだ時間はある。どうして急がせた?」
稔「…ちょっと黙って」
ん?と稔麿を見ればその視線は腕の中の少女に注がれていた。ゆっくりと傍目から見ても優しげな手つきでゆきこの髪を撫でているその姿は、先程の古高に見せた姿とは間逆だ。
いつの間にか、ゆきこは眠っていた。
それを見ていると、二人も思わず顔が綻んだ。
稔「ゆきこを寝かしてくる」
稔麿は立ち上がって部屋から出て行った。
暫くして稔麿は戻ってきた、三人で卓袱台を囲んで酒を呑む。せっかくゆきこがお茶を持ってきてくれたが、もうすっかり冷めてしまった。
稔「ねぇ…」
晋「あ?」
稔「僕らがやろうとしていることを知ったらどう思うかな?」
誰が、とは言わなかった。言わなくても二人は分かってるから。ここまで稔麿の心の中に入ってきた者は初めてだ。
晋「じゃあ、もし知られて軽蔑されたらお前はやめるのか?松陰先生を殺した幕府を許せるか?」
松陰先生の名前を出した時、稔麿の顔つきが変わった。それが答えだ。
まだ…まだ松陰先生に適う奴は居ないか…晋作は心の中で安堵した。
稔麿の手にあった杯が、音を立てて割れた。
稔「幕府だけは、絶対に許さない」
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