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ゆ「あの、ね、消えないの…」
稔「何が…?」
ゆ「あの人を、殺した、光景が…消えないの…」
あの、真っ赤な血が目について離れない。そう言って、刀を握っている自分の手を見た。
稔「じゃあ…もう、やめる?」
ゆ「え?」
落とした視線を上げて稔麿を見れば、冷たく悲しそうな目をしていた。
稔「君がそんなに言うなら、此処から出て行ってもいいんだ。戦わなくて良い、傷つかない普通の生活に戻してあげるよ?」
ゆ「傷、つかない…普通の、生活…」
稔「そうだよ」
その言葉はとても魅力的な言葉だった。もし、もしそんなことが出来るなら…でも、そんなことしたらもう二度と稔麿に顔を合わせられない。稔麿だけじゃない、晋兄、桂さん、以蔵さん、みんなに顔向け出来ない。
ゆ「私、この生活が意外と気に入ってるんだ」
逃げない。私を必要としてくれる人が居るなら、私は逃げたくない。
稔「本当に、いいの?」
ゆ「う、ん…大丈夫だよ」
稔麿はいつも助けてくれた。本当は知ってる、寂しがり屋で一人が嫌いだってこと。
沢山の命を奪ってきた稔麿は、そんなに強くない。それを必死に隠しているのを、知ってしまったから。この人の孤独を知ってしまった。
ゆ「稔麿、いつも助けてくれてありがとう。本当に…」
稔「別に、僕は何もしていないよ。ただ、君を守りたいだけ」
守ってくれてありがとう。稔麿の隣にいると、羽毛に包まれているように思う。だから、甘えたくなる。何もかも投げ出して全部忘れて、終わりにしたくなる。でも、稔麿はそれを許してくれないから…。
稔「僕は君を守りたい」
ゆ「…そのために稔麿は何を犠牲にするの?」
まさか、そんな事言われるなんて思えていなかったかように、稔麿は驚きの顔を見せた。
稔「……」
ゆ「稔麿の心を犠牲にするの?」
稔「そんなの…」
ゆ「気付いて、稔麿。あなたの心はそんなに強くない」
強く、ない…。この子はなんでも気付いてしまう。いつの間にか軋み始めた心が、もう悲鳴を上げている。誰でもいいから、助けて。この闇から救ってくれ…と、もう限界だった。そんな時にゆきこと出会った。自分よりも傷ついていて、儚く脆い心を持っている少女だった。
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