―父親の存在―

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あっという間に夜なり、ゆきこは子供のようにわくわくしながら眠りについた。 重たい目蓋を押し上げると、目の前に久しぶりの光景が広がった。唖然と立ちすくんでいると背後でドアが開く音がした。 「んだよ…またゆきこは居ねえのかよ…」 此処は、現代? そこに居たのは、一ヶ月半ぶりに見る父の姿だった。ゆきこは恐怖からか、身体を震わせた。だが、ある違和感に気が付いた。目の前にいる父は、ゆきこという存在に気が付いていない。 「見えて…ない?」 父にゆきこは見えていない。だが、身体に刻み込まれている恐怖にゆきこは、指一本動かすことが出来なかった。 家の中は食べっぱなしの弁当や、ビールの空き缶、服などが散乱していた。 父がこんな風に荒れだしたのは母が死んでから。今から五年前。 母は元々、心臓が弱く、ゆきこを産むことさえ危うかった。しかし、ゆきこを産んでから、もっと痩せていった。 ゆきこは予定より一カ月程早く帝王切開で取り出された。母はもう弱りきっていた。 入退院を繰り返し、最後は病院で死んだ。 その日は丁度、父が仕事で出張に行っていた。だが、急に容態が悪化したんだ。 そして、母が死に、父が変わった。何時も優しくて、たまに厳しいけど大好きな自慢の父だった。 だが、母が死んでから何かが狂ったように父も壊れていった。あれだけ優しかった父。 ゆきこに暴力を奮うようになり、お酒を飲んで、帰ってくるのは零時過ぎ。機嫌が悪いと暴力を奮われ、いきなり一週間消えることだってあった。 そんな日々が続き、中学に入学した。それからは、家にいる時間が少なくなった。 元々、運動が好きで母に護身術用にと、剣道や柔道、空手や合気道など習っていたため道具は揃っていた。 ゆきこは母もやっていた剣道部に親友のみきと入った。みきはゆきこの家庭の事情を知っている唯一の友達だった。母同士が仲が良く、よく一緒に遊んだ。 殴られた所も剣道で怪我しましたと言えばなんとかなった。 父は今、物に当たるだけで何とかおさまってる。だが、いつ他人に手をあげるかも分からない。 ―――戻らなければ。 不意にそう思った。確かに、あの新撰組は居心地が良かった。だが、ゆきこが本来居るべき場所はあそこではない。 夢を、見ていたんだ幸せな夢を。もう、夢から覚める時間なのかもしれない。ゆきこは、父の背中を見つめながら、意識を手放した。 .
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