―父親の存在―

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屯所に帰り、菊と共に夕飯を作る。いつの間にか、この食材の多さにも慣れていた。 広間に作ったばかりの夕飯を運び、近藤の合図で食べ始める。そこには慣れ始めた日常があった。 こんなにも、居心地の良い場所があるなんて、知らなかった。現代のことを忘れてしまう程、馴染めるとも思っていなかった。 ゆきこはクシャクシャっと顔を歪め、この光景を目に焼き付けた。その暖かい思い出があるだけで、あの時代ででも生きていける気がした。 「ゆきこさん?どうかしましたか?」 「あ、何でもありません。少し、疲れているだけですから」 「初めてでしたからね。今日はゆっくり寝て下さい。また今度行きましょうね」 また。その言葉にゆきこは俯いた。もう、決めた筈の決断が、心が揺れた。ゆきこは何とか笑顔を張り付け頷いた。 「はい」 「…どうか、しましたか?」 「え?…何でもありません」 ゆきこが総司の些細な変化に気付けるようになったように、総司もまたゆきこの変化を見抜けるようになっていた。 「嘘ですよね?」 「う、嘘じゃありませんよ。疲れているだけですから…」 「ちゃんと目を見て言って下さい!!」 総司の少し大きい声にゆきこは身体を震わせた。だが、総司も引くわけにはいかなかった。今ここで引けば、何か取り返しのつかないことが起きると予感がした。 「な、何でもありませんって!!」 一瞬だけ揺らいだ瞳を隠すように、ゆきこは立ち上がった。いきなり立ち上がったゆきこに視線が集まった。 「っ…私は、もう…此処には居られないんですっ!!」 「……え?」 「あっ…」 思わず、口を滑らせたゆきこは目を逸らした。広間が一瞬にして静まり返った。ガシッと総司がゆきこの手首を掴んだ。 「どういう意味ですか?それ…」 「や、な、何でもありません」 「此処に居られないって、どういうことなんですかっ!?」 バッと腕を振り払ったゆきこは広間にいる全員に向けて頭を下げた。 「全て私の我が儘です。本当に、ありがとうございました。どうか、私のことは忘れて下さい」 それだけ言うと、ゆきこは広間から出て行ってしまった。広間に残った隊士達は、暫く何も言えず組長達は立ち上がりゆきこを探しに行った。 .
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