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ガラッと、勢い良くドアを開け、ゆきこは保健室に駆け込んだ。
「おい、静かに開けろよ。たく…って、ゆきこっ!?どうした?」
保健室に居る先生が後ろを振り返り、ゆきこの様子に慌てて駆け寄ってきた。ゆきこは、身体を支えている腕を掴んだ。
「空、雅さん…」
先生の名前は空雅。ゆきこの家庭事情を知っている唯一の先生だ。そして、ある大企業の一人息子。
「どうした?」
「頭、痛いです…」
空雅の腕を強く掴み、ゆきこは余りの頭の痛さに目を瞑った。そんなゆきこを軽々と抱き上げ、保健室に設置されているベッドに寝かせた。
「寝ろ」
「っは、い…」
空雅とは、休日にも会っているほどお世話になっている。結婚していて、ゆきこはその人とも会ったことがある。
ポンポンと、頭を軽く叩くとゆきこはどんどんと目蓋を閉じた。そして、涙を流しながら眠りについた。
『ゆきこさん』
―――あなたは、誰?―――
夢を見た。着物を着て腰に刀を差している男の人たちが、ゆきこの名を呼んでいた。顔が、靄が掛かっているように見えない。
判らない。
こんな人たちを、ゆきこは知らない。だから何故こんな夢を見ているのか判らない。
ただ、この人たちの声を聴くと涙が溢れてしまいそうなほど胸が痛んだ。
ある人を見た瞬間、夢を見ている筈なのに頭がツキンと痛んだ。その人は、長く美しい髪を高い位置で結い、殆ど顔は見えなかったが笑みを浮かべていることだけは分かった。
『あなたは、私が守りますから』
―――私は、あなたを知らない―――
目を開けると保健室の天井が目に入った。何度か目を瞬き、起き上がると閉まったカーテンの向こう側で影が揺れた。ポーッとしていると、カーテンが開いた。
「起きたか。体調はどうだ?」
「…大丈夫です」
空雅の手が伸び、ゆきこの頬に触れた。少し不器用な手付きで、頬を伝う涙を拭った空雅に、ゆきこはギョッとした。
「怖い夢でも見たか?」
「違います。でも…凄く悲しい夢でした」
「そうか…」
クシャクシャと、ゆきこの髪を撫でた空雅は、何も言わず暫く傍に居てくれた。ゆきこは、その気遣いが嬉しかった。
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