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それは、ゆきこが十一歳の頃の話―――
「お母さん!?お母さん…死んじゃやだよっ!!」
「ゆ…きこ…」
学校に居るとき、病院から電話が掛かってきた。入院中の母の容態が悪化したとの連絡だった。ゆきこは学校を早退して、急いで病院に向かった。父はその時、出張に行っているところで、ゆきこは一人、母の傍にいた。みきの両親も丁度、海外に行っていてすぐに来れる距離ではなかった。
「やだよぉ…お母さん…」
「…ゆきこ…ごめんね…」
「お母さん…」
細くなった母の手を握り、ゆきこは涙を流した。もう助からないと、心のどこかで分かっていた。
「ゆきこ…幸せになって…?お母さんの願いはそれだけよ…」
「うん…うん…絶対、幸せになるから…」
「それと…お父さんをお願い…」
「ふぇ…お父さん?」
母はゆきこを安心させるように微笑んだ。此処にはいない、夫のことを思い浮かべ母は少しだけ申し訳なく思った。
「ええ…あの人は…強そうだけど、実はとっても弱いの…だから…」
「うん、分かった…」
「優しい子ね…ずっとそのままのゆきこでいてね…?」
「うん…そのままの私でいるから…」
娘の成長を見れないのは、何よりも悲しい。まだまだ教えたいことも沢山ある。見たいものが沢山ある。殆ど、一緒に居てあげられなかった。
「し…あわ…せ…に…なって…ね?」
握った手から力が抜けていく。もっと、もっと一緒にいたかった。ゆきこは、まだ小学生だ。これから、辛いことも楽しいことも悲しいことも、沢山のことを経験していくだろう。
「お母さん!!」
「ゆ…きこ…ごめん、ね…」
「お母さん!?…お母さん!!いやだ…いやぁぁ―――――」
母の手がゆきこの手から滑り落ちた。
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