47人が本棚に入れています
本棚に追加
とりあえず、聞くべきことは聞いておく。
「見た?」
張遼は顔を一瞬しかめたが、直ぐに普段の冷静な表情に戻り、
「いいえ。」
と答えてきた。正面から目を見て感情を読み取ろうと思ったが、相手はあの張遼。この世で父に次いで、二番目に武に優れていると自称している男。あくまで自称だが。残念ながら上手くはいかなかった。
「あ、そう。ならいいわよ。」
「左様ですか。」
張遼はそう言い、私の横を通り過ぎて貂蝉様の前に立った。
「失礼します貂蝉様。呂布殿がお呼びです。」
その言葉に私の頭が、一瞬痛んだ。そう、これが現実。貂蝉様は董卓様の側室、そして父呂布が今最も欲している物なのだから。
貂蝉様はその言葉に、目を細めて微笑んで。そして嬉しそうに、言葉を返した。
「張遼。わざわざご苦労様。」
「私の務めは武のみではありませんゆえ。城内までお供致しましょうか?」
「申し出は嬉しいのですが、奉先様は少々嫉妬深い方ですので…。申し出、ありがとう。」
勝手に進んでいく会話。
貂蝉様は最後に、私と張遼に一度頭を下げると城内の方へ歩いていった。私に、一度も視線を合わせる事無く、合わせようとする素振りも見せずに。
咄嗟に手を伸ばして袖を掴もうとしたけど、残念ながらその手は空を切ってしまった。届かなかったわけじゃない、私に届かせる勇気がなかったから。
本当…情けない話よね。
掴めなかった手は寂しくて、さっきまで味わっていた貂蝉様の温もりが幻のように思えて仕方がなかった。
桃園に残された私と張遼二人…。何か、とっても虚しい。
そういえば、桃には邪気を祓う力があるけれど、絶対嘘よね。ここに居たら、邪な想いばかり沸いてきてしまうんだもの。
最初のコメントを投稿しよう!