――前章――

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「そう、だな。出来るなら、俺はあの人みたいな本物の騎士になりたかった。……あの短剣の事もあるし」  クロアの視線が部屋の中央に置かれた丸型テーブルの上に向かう。その行方を彼女も追った。  テーブルには二本の長短の剣が。  一本は柄に騎士であることを示す紋章が柄に刻まれたショートソード。  もう一本は古臭いが手入れはしっかりとされ、一目見ても大事にされている事がわかる短剣――十字架の様な形状が特徴的なミセリコルデ。  父が最期の時にクロアに託した形見の剣。 「まっ、あの人のようになるってのも大変だけどな。……割と悪戯好きでガキな部分があったしな、あの人には」  クロアからはクスッとした声が漏れていた。  それはクロアがいらぬ心配だと言ってくれているようで、彼女は胸の内に居座っていた重い物が取り除かれる思いだった。  そして、冷静になってきたところで、再び自分達の格好を思い出す。  悪戯半分だったとは言え、手首を掴まれ、引き寄せられた事によって、自然と寝っ転がるクロアの上に彼女は被さる形になっている。  勿論、彼女も騎士(しかも実力を買われ、主に実戦で活躍する)である前に一人の女性であるわけで、その辺りの事は気にしているわけで。 「あの……ねぇ、重くない? ほらっ、私、いくら軽装って言っても鎧着てるわけだし……。あの……だからね、手を離して?」 「いや」 「いやって……! もう子供じゃないんだから、そんな我儘言わないの、クロア。それに、朝食の準備をあの子だけに任せるわけには――っ!」  言葉が途切れる。いや、途切れさせられた。  引き寄せられる? そんなレベルじゃない。強く、一ミリの隙間も許さない勢いで抱き締められた。
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