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「――――!」
あまりに唐突の出来事に彼女の頭の中はパニック状態に陥り、正常な思考さえもままならない。
ただ、より一層強く濃く感じられる匂いと温もりに自身の体が包まれている事実だけが彼女の頭にあった。
「悪い……あと、もう少しだけ……」
鼻にかかった吐息が首筋に直で感じられ、くすぐったさと得も言えぬ快感に体が一瞬跳ねる。
後頭部に腕が回され、クロアの手が優しくゆっくりと、まるで慈しむように彼女の金髪を撫でる。
あまりに彼らしくない行動に戸惑いと、でもこの嬉しさは隠せない。
ずっと、それこそ小さい頃からずっと、一緒の時間を過ごしてきた。
だけど、兄妹と言う訳ではない。今は亡き父が身寄りのないクロアを引き取ってきたのだ。
だから、血のつながりはない。だけど、まるで本当の兄妹のように育ってきた二人。……そう思っていたのは周りとクロアだけだった。
彼女は違っていた。成長し、大人に近づいて行くごとに、彼の、クロアの魅力に引き寄せられていき、それが《好き》と言う感情なのだと気付いたのは、ほんの数年前なのだが。
他人のようで他人じゃない。それが彼らの関係だったのだ。
だから、素直に嬉しい。想い人の温もりに包まれて、胸の内に湧き上がり広がるこの幸福感という熱が心地良い。
だから、気付かなかったのだと今更になって思う。
クロアの体が微かに震えていることに、あんなに近くにいたはずだったのに、その時はまったく気付けなかったのだ。
そんな幸福な一時はしばらく続いた。いや、時間的にはさほど長くはないはずなのに、彼女にはそれが長く感じられたのだ。
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