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「……クロア? あの……本当に、もうそろそろ……。私達が遅いとあの子が心配して見に来ちゃうかも知れないし、クロアだって早くから仕事、あるんでしょう?」
心にもない言葉だ。出来るならずっとこのまま……甘い誘惑を断ち切る。
彼らは恋人同士ではないのに、もしあの子がやってきてこの光景を見たら、確実に誤解されそうだ。
実際に、遠くから「ご飯ですよー」と言う声が聞こえる。これからの朝の食卓が何だか微妙にぎくしゃくしそうなので、それだけは避けたいのだが。
クロアも心得てくれたのか、小さく頷いて、抱き締める力を緩めてくれた。
離れ行く温もりが何とも心惜しかったが、彼女もクロアの首筋から顔を上げた。
漆黒の瞳とサファイヤの瞳が交差する。
深淵を思わせる闇の深さは延々に。いつまで経っても底やら奥やらに到達できそうにない、黒。
そういえば、こんなに真正面から、しかもこんな近くでクロアの顔を近づけ合ったことがあっただろうか。
体がこわばる。息が出来ない。心臓が止まりそうだ。目線はこちらの瞳をじっと見つめ返してくる黒の双眼から下……唇で止まる。
――あぁ、やっぱり私はクロアの事が――。今更ながら再認識する。
駄目だと思いながらも意中の相手とそういうことをしたいと思ってしまっている。
恋人でなければ、相手からは家族としてしか見られていないはずなのに。
でも……期待はしてしまう。
もしかしたら、クロアも少なからず意識してくれているのかもしれない。
そう、もしかしたら……。抱き締められたこともあって、淡い期待がどんどん膨らんで……。
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