二章 パスワード

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 数日後  豪はエアコンのない家で一人で悩んでいた。突然の出来事にまだ心が整理できていない。他人事では無く、自分たちも危機感がある・・そう心構えをしていたつもりだが、実際に予感が現実へと成り果てた時、人は受け止めきれない。「まさか」「嘘だ」そんな言葉を頭の中で巡らせていた。借金ばかりの甘えた自分の生活。それを良い方向へ変えてくれた仕事。その中で磨き、頑張り、現在充実しているといえた。 「店を閉める事になった。」  閉店後の長沼の言葉が、豪を失意に落とした。篠田と鈴は前から知っていたらしく、驚いたのは豪のみ。 「お前はまだ若い。他の仕事も見つかるはずだ。再就職が早く決まるといいな。」  篠田は普段のにこやかな顔は無く、悲しい表情だった。さらに続けた。 「豪、お前は良く頑張っていた。俺だってこの店で働けない事は辛いが、不景気の煽りだ。仕方ない。店長はレストラン経営の方向に行く。鈴は年内に結婚するみたいだ。俺はまあ先は決まっていないがな。」 「・・・・」  返す言葉が出ないまま、次に長沼が続けた。 「豪、素人のお前に料理を教えて結構経ったが、決して無駄にはならん。また料理の仕事をするのなら、ここで培ったものを忘れずにやればうまくいくはずだ。経営が悪化てのは世界中どこでもだ。俺も店畳むのは苦渋だが、お前らを守りきれなかった事は謝る。誠にすまない・・」  長沼が初めて頭を下げた。それに対して攻める理由や権利は無く、豪はショックを持ちながらもなだめた。 「いえ・・謝らないで下さい。ありがとうございます。」  普段見せる、店の責任者たる威厳ある態度はそこに無く、長沼は深々と豪に、そして残る二人にも頭を下げ続けた。はっきりいってこんな姿は見たくない。店を仕切り、最たる信頼を寄せる人物が今は弱く見えた。厳しく、細かく、恐く仕事を教えてくれた。それに順応し、従い、豪は成長した。そんな強い上下関係が今柔いだ気がした。それが悲しい気がした。
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