一章 デアイ

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自転車で家から10分という近接した仕事場に着いた豪は、一人店に入るなり、いつもの様に在庫をチェックする。朝早くに届けられた段ボ-ル箱に、様々な食品が入っており、それらの種類、数量を発注用紙と相違ないか確認しながら指定の場所に整理する。賞味期限が分かるように今日の日付をラベルに書き、それを貼り付けた食品を冷蔵庫の奥に置く。古い物を前にという常識だ。慣れた手つきで豪は毎度の仕事をこなしていた。一番下っ端かつ一番若いが故の作業なのだが、苦は感じなかった。これから先、名店であるこの弁当屋の料理を任せられるという目標を実現する為ならば、文句は何も無い。淡々と手を動かしている時、ふいに外のドアが開く音が聞こえた・・・      豪は誰かが店内に入って来たのに気付いた。いつも一人で8時までは雑用的な事をして、それからは先輩方と一緒に仕込みが始まるのだが、こんなに早く誰だろう。足音はこちらに近付いてくる。そして・・ 「佐々木豪だね。」  見知らぬ女性が厨房まで入って来て、豪と目が合うなりそう言った。歩を進めて来る。可愛い顔立ちで豪好みではあるが、面識も無いし、だいたい店内に無断で侵入するなんて!しかし驚きの余り、言葉を発せないでいた。一体誰なんだ?その女性は豪のすぐそばまで歩み寄り、満面の笑顔でこちらを見つめている。白いワンピ-スが清潔感を醸しだし、髪は黒髪でロング、身長は低く小柄。香水かシャンプ-のせいか、とても良い香りもする。 「あ・・あの」  豪は沈黙を破り、謎の女性に聞いた。 「俺は確かに佐々木豪て名前だけど、あなたの事は知らない。誰ですか?」 こんな綺麗な女性なら忘れるはずはない。会った事無いはずだった。在庫チェックも終わってない散らかった厨房内で、豪を見つめながら笑顔のまま、その女性は答えた。 「会いたかった、本当に 会いたかった。最後に会えて良かったよ・・」 次の瞬間、その女性は豪に突然抱きついた。柔らかい身体が豪と触れ合い、甘い香りが臭覚を痺れさせた。会った事もない、名前さえ知らない、なのになんて心地よい時。幸せな時。ドキドキと心臓が高鳴り、止まりそうだった。肩に両腕を回す彼女との密接。小さな身体ながら、ギュッと力強く豪を抱きしめていた。彼女からの愛しさを全力で浴びた感じがした。
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