一章 デアイ

5/8
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
 一日の仕事を終え、くたびれた身体の中、いつもの夕飯を一同で食べる時間が来た。まかないは勿論店で一番下である豪の担当。今日は食材の余りものを上手く利用してのチャ-ハンがメインだ。飯は冷凍したもの、野菜類も賞味期限切れ間近の古いものを使用し、経費をほぼ使わずに作り上げる。腕を磨くという目的で、親方から飯係を任命されて以来、毎日閉店後に調理をしている。その成果のおかげか、全くの素人であった豪は料理の初歩的なノウハウを習得していた。4皿分を盛り、厨房内の奥にある休暇所に運んだ。  豪がドアを開けると長沼、篠田、藤原たちが畳の部屋で寝転がっていた。部屋は喫煙室で、畳中央には木製のテ-ブルがあり、角には14型テレビもある。4人は少し窮屈な広さだが、休憩するには快適な空間だった。豪は煙草は辞めたが、3人の先輩は皆喫煙者だ。豪が一人料理してる間、灰皿には既に何本もの吸い殻があった。        「おっ出来たか。さあ食うか」  豪の師匠であり店長の長沼 博がそう言い、吸ってた煙草を消してスプ-ンを取った。それに同じく皆一斉に夕食が始まった。向かいに座ってる篠田 明は歳が28と、豪の3つ年上で話題も合うし自分に近い存在なのだが、結婚もしており料理の腕も天地の差がある為、豪の人生の先輩といえる人だ。高校卒業後から料理を始めてるので、実力が違うのは仕方ない。一見強面で仕事に対しては厳しいが、休暇中やらプライベ-トでは冗談をよく言い、絡み易い人柄だ。そして向かって左が藤原 鈴。レジ係や発注、経理もこなし、更に料理も出来る。基本的に厨房内の仕事は、忙しい時に手伝う担当だ。豪より一つしか歳が違わない、この弁当屋の看板娘だ。  豪は自分の作り上げた飯を食べながら、考えていた。今日の出来事を。見知らぬ女性に突然抱きしめられ、久しぶりの胸のドキドキを味わった。綺麗な容姿、声、謎の涙・・・。もう一度会いたいという気持ちが強まっていた。 「店長、カンダ サヤという女性知ってます?」         唐突に豪は店長である長沼に質問した。長沼は既に飯を食べ終わり、またもや煙草を吸っていた。もっと早く質問を発したかったのだが、食事最中は失礼にあたると自粛していた。 「は?誰だそりゃ。知らんぞ」 「そうですか・・。」
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!