1.忍び寄る闇

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穏やかに晴れ渡った日中。真っ青な空には雲一つない。 そしてここ、スラム街の市場には多くの人が溢れ、活気に満ちていた。 食べ物や日用品を売る店に、それらを買い求める人、ただ冷やかして歩く人。売り子の呼び声に交じり、陽気な笑い声や、喧嘩するような怒声も聞こえてくる。 法も規則も関係ないこの街は、決して安全とはいえないが自由だった。 自由、それはスラム街の低い家々の屋根の先に見える塀の内側――国立中央遺伝子交配研究所と呼ばれる、あの檻の中には存在しなかったものだ。 国立中央遺伝子交配研究所はこの大貴(ダーグイ)帝国で最も優れた科学者、飛 黎氷(フェイ リービン)博士を中心とした研究グループが、研究を行っている。 その研究は国をよりよくするための、食物を中心とする遺伝子組み換え研究である。 そう、大貴帝国の大半は思っている。しかし、実際にはそんな研究は一切行われていない。行われているのは、唯一つ。 兵器として利用するための、人間の遺伝子改変研究。 人間の遺伝子に動物の遺伝子を掛け合わせ、人間では発揮できない能力を持った存在を生み出すのだ。 毎日様々な遺伝子を掛け合わせられた人間が生み出され、命を落としていく。運良く生き残ったとしても、研究者たちの望む結果を残せなければ捨てられ、結果を残せば自由はない。 そんな場所であるため、いつしか実態を知る者たちからはマッドサイエンティストの実験場と呼ばれ、恐れられるようになっていた。 月(ユエ)は遠目にそのおぞましい研究所を見つめ、眉間にしわを寄せる。そして、少々長い漆黒の髪を揺らす穏やかな風を受け、金色の瞳を伏せる。 「ここは平和だな……」 小さく呟き、口元にかすかな微笑みを浮かべた。 しかし、その小さな呟きを拾った連れは心底怪訝そうな表情を浮かべ、月を見上げる。 「どうしたんだ、一体?変なものでも食べたか?」 そう問う未龍(ウェイロン)は形の良い眉をしかめ、紅い瞳には少しだが心配するような色を滲ませている。月は小柄な彼女を見下ろし、短く切りそろえられた黒髪を軽く撫でた。
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