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月のない闇夜。
漆黒の闇の中でもより暗い闇が淀む場所に、男がうずくまっていた。一目見ただけでは気付かないほど、闇に溶け込む褐色の肌と漆黒の髪を持った男だ。
「クソッ……!あのハゲ、本当に……趣味、悪い…………」
切れ切れの息の中小さく毒づくと、自由の利かない体を何とか捻る。そして先程自分が越えてきた高い塀を、闇の中でも爛々と輝く金の瞳で睨みつけた。
常人なれば登ることすらかなわない、高くそびえる塀。
しかし男には越える術があった。だからこそ、許されることではないと知っていたが塀を越えることを決めたのだ。
だが、この塀の中の主は容易く自らの実験結果を逃がす男ではなかった。
高い塀で敷地内を囲むだけでなく、その上に不可視な障壁を張り巡らせていたのだ。しかも、触れれば電流の流れる障壁だ。
そんな障壁の存在も知らない男はまっすぐ障壁にぶち当たり、電流に身を焼かれながら地面に叩き付けられたのだった。
意地で電流に抗いながら前に進んだ甲斐もあり、落ちたのは塀の外だ。
しかし、このまま身動きがとれずに塀のすぐ側でうずくまっていれば、すぐに見つかって連れ戻される。
そしてあの性格の悪い男のことだ。もう二度と脱走することができないように、ありとあらゆる策を講じてくるだろう。
これが最初で最後の好機なのだ。だからなんとしてでも、この場所から離れなくてはならないのだ。
「クソッ……。動けっ、てぇの!!」
幸いにも、少しうずくまっている間に電流による体の痺れは大分取れていた。
しかし、右足と右腕が一切言うことを利かない。どうやら地面に叩き付けられた時に骨が折れたらしい。他にもあちこち激しく痛み、おそらく全身ボロボロ。
とっさに受け身を取ったが、受け身でどうにかなる高さではなかったのだ。
それでもどうにかして身を隠せる場所に移動しようと、左手で地を掻き、這い進む。
だが、わずかも進まぬうちに近づいてくる足音があった。音は一人分。
普段なれば気に掛ける必要もないことだが、今の状況では一大事。逃げることも、隠れることもできずに足音の主をただ待ちうけるしかなかった。
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