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「……?何をやっているんだ?ナメクジの真似事か」
「……はぁ!?」
絶体絶命と目を伏せてじっとしていれば、知らない女の声が掛けられた。しかも、随分と可笑しなことを聞いてくる。
あまりに呆れて全身の力が抜けた。途端に全身の痛みが襲ってくるが、それを無視して少し顔を上げる。
目の前に立つ細身の女が、足音と可笑しな質問の主であろう。
じっと、見つめてくる瞳は血のように紅い。闇から浮かび上がるほど白い肌と相まって、なんとも妖しい気配を纏った女だ。
しかし、白く美しい顔を縁取る黒髪は短く切りそろえられており、男のような話し言葉のせいもあって少年のようにも感じられる。
妖艶な女と快活な少年、相反する二つの雰囲気を持ったその女に、男は視線を奪われた。全身を襲う激痛すら、一切気にかからなくなっていた。
「おい、大丈夫か?」
顔をあげてから動かなくなった男を不審に思い、女は屈んで男の眼の前で手をひらひらと振る。
「……。大丈夫、なわけあるか……。大怪我してんだよ」
「やはりそうか。……少し待っていろ。お前を運べそうな者を連れてくる」
そう言うと女は立ち上がり、塀とは反対方向、あばら屋の建ち並ぶスラム街へと向かう。
スラム街に向かうということは、塀の内側の人間ではない。塀の内側の人間たちは、スラム街のことを屑籠と呼び、足を踏み入れることすら嫌がるのだ。
連れ戻されることはないと一瞬安心するが、これ以上他人に会うのも事情などを聞かれるのも困るのだ。
慌てて女に声を掛ける。
「ちょっと待て!俺は……」
「安心しろ、誰も詮索はしない。お前は自分の体の事だけ心配していろ」
肩越しにそれだけ言うと、女はさっさとスラム街へと消えていく。
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