手を離すと春は勢いよく飛んでいった

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拝啓、本郷賢一さん  少し前まで雪が降っていたと思えば、いつの間にか桜の木に蕾がついていました。春の足音が聞こえてくる時期なのかも知れません。  離れ離れになってから一ヶ月が経ちましたね。時はすぐに過ぎ去るくせに、中身は濃密で私を悩ませます。いつも隣にいたケンちゃんがいないだけで、世界がこんなに変わるとは思いませんでした。  まず、部屋が広く感じます。ケンちゃんの荷物が少し無くなったのもありますが、物理的じゃなくて感覚的にも広く感じます。部屋の真ん中を陣取る白いソファーも、ひとりで座るとどこか不思議な感じがします。椅子についていた背もたれが、急に無くなったような感じです。  それと、食事を作る量も減りました。当たり前のことですけど、意外と気になるものです。たまにぼーっとしてると二人分の食事をこしらえてしまうときがあります。  ケンちゃんがいない生活にはまだ慣れません。慣れたくないです。でもいずれは慣れてしまうのでしょう。それまでに、ケンちゃんが残した宝物が大きくなっているのでしょうね。  では、そっちでも楽しくやっていけるように祈ってます。           敬具 追伸、桜の蕾の写真を撮りました。一緒に送ります。
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