過去なんて

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「あぁ、なんだろ、この変な気持ち。恵一の顔が頭から離れない……」  アリエスは再びスケッチブックを開くと、そこに恵一の顔を描き始めた。  笑った顔も、泣いた顔も、怒った顔も……。知っている限りの表情をすべてスケッチブックに描きだしていった。恵一に会って、少し恵一を観察することが増えた。 「本が好きで、暇さえあればいつでも本を読んでいる。最近読んでいるのは、狼と香○料。花も好きで、園芸部に所属している。最近育てているのは洋ランと桜で、確かユキダルマキング? と、八重桜だったはず。……ここまで知っているなんて私はストーカーか……」  自己嫌悪をしたくなるほど、アリエスは恵一について調べていた。目立つ人柄ではなかったし、どちらかと言えばいろいろな物事に関して無関心。消極的。というイメージが強かった。  しかし、実際は様々なことに対して積極的に取り組んでいたし、好奇心も旺盛だった。アリエスとは本当に真逆にいるような、そんな存在。それが、ひょんなことをきっかけに、親しくなったとは言えないが、話はしてしまったし、今度は毎日会う約束までしてしまっている。 「生きる目的に……あの男でいいのでしょうか……母様……」  そう、アリエスは天に聞いた。  アリエスの母親はすでに他界していた。ちょっとした事件をきっかけに。しかし、いつでも空から見守ってくれていると、そう信じアリエスは何かがあるたびに母に報告し、いろいろなことを相談した。決まってその数日以内に返事が返ってきているのが、アリエスを元気付けていることは違いない。  過去に大事件を起こしてしまったときに聞いた声も、もしかしたら母親ではないかと、アリエスは心底思っている。故に、母は空から見守ってくれている。と思えるのだろう。
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