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そして気づけば壇上にいた。
聖奈がものすごい力で俺を引っ張るもんだから、何度か足がもつれかけたのは覚えている。
それはほんの数秒だったはずなんだが、例によってそいつの馬鹿力は半端じゃなかった。
俺の脳やら身体能力やらはそれについて行けなくて、何度もずっこけそうになったこと以外はあんまり覚えてないのだ。
人間というのは、突然の事態に意識がついていかないという話を何度か聞いたことがあるが、安心しろ。あれは事実だった。
いや待てよ、それは果たして安心していいものか……いやまぁとにかくだ。
息を切らす様子もなく、聖奈は俺の腕を掴んだまま、壇上のマイクをもう片方の手で――まるで雑草でも引き抜くかのようにむしり取った。
そんな聖奈を、深いため息と共に静かに見守る、由夜さん。
うーん……由夜さんは同年代なのに、雰囲気が大人びている。
これが胸の権力か……凄まじい。
こんな想像をしてても、本当は全然状況が読めなくて、あっけに取られてるんだよ? 一応。
いや、状況が読めていないのは、おそらく聖奈と、由夜さん以外の全員だろうけど。それにしても壇上というのは、本当に見渡しがいい。
遊乃があたふたしている様子が、遠目からでもすぐにわかるくらいにだ。
なんか愛らしいな。
これまた随分と落ち着いた描写を思い描いたりした俺だが、こんな奴が肝の座った主人公だと思っちゃあいけないぞ。
俺なんて、名古屋コーチンでも土佐地鶏でも、ましてや比内鶏なんて立派なもんでもない。
今やどこにでもありふれた、スーパーの精肉売り場で陳列された養殖のモモ肉みたいなもんだ。
唐揚げ焼き鳥、なんでもござれ。
おっと……自虐が過ぎたな。
自分がどれだけ家計に優しいチキンなのかを脳内描写していた俺を尻目に、聖奈と由夜さんは、怪しげな目配せをし合っていた。
そして、どうやらそれを合図としていたらしい。
「ここにいる全ての人間に次ぐわ! 耳の穴かっぴろげてよく聞きなさい!!」
「ちょ、一体何を……」
俺が確認をとる前に――――聖奈は突然、カウントダウンの終演となる言葉を、体育館全体に、まんべんなく、響かせやがったのだ。
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