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しがないサラリーマンの僕は、盆休みを郷里の実家で過ごしていた。
朝顔と扇風機、それからノートに万年筆。
久しぶりに何か書けそうな気分がした。
一日目は本を読んだり、昼寝をしたり、井上陽水のCDを聴いたりして過ごした。
佐藤春夫の小説は全く面白くなかったが、それでもなんとなく一日は流れた。
次の日は、両親と墓参りに行き、午後は一人で近所に住む祖母の家へ顔を見せに行った。
祖母は息子の嫁さん、つまり僕の叔母の悪口を散々喋り、ろくに返事もせず西瓜を食べていた僕が帰ろうとすると、何度も「ありがとう」と言った。
その日の夕方だ。東の空に浮かぶ白色の月をぼんやりと眺めながら、縁側の柱にもたれてビールを飲んでいると、どこからか線香の香りが漂う中、庭の朝顔の葉の辺りにほのかな光が現れた。
光は次第に数を増し、揺れもせず、動きもせず、蛍の様に点滅もせず、まるで僕の事をじっと見つめている様だ。
僕も、それに応えるように光達を見つめていた。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。辺りがすっかり暗くなり、本当の夜になった頃、光は消えてなくなった。
隣家の灯りと空の月だけが僕の目に映っていた。この世の光だけが光っていた。
八月十五日。今年も暑い一日が過ぎた。
翌朝、僕は落書きしか書いていないノートと、半分しか読んでいない佐藤春夫の小説を鞄につっこみ実家を後にした。やはり今年も何も書けなかった。そして明日からは、また、しがないサラリーマン生活が始まる。
やれやれ。そう思いながらも、まんざら悪い盆休みでもなかったと思ってみる。
そして、昨夜見た光を、僕達は決して忘れてはいけないと、そう自分の心に強く誓った。
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