第六幕『海の黒の魚』

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「もう一度確認しよう、君達が恐れる呪灰の症状について、この黒について、ちゃんと覚えているのかさ」  イヤな黒が俺を見る。  黒に写る俺が俺を見る。  合わせ鏡を目の前にしたような気色の悪い違和感がする。吐き気と痛みが程よく混ざって目の奧が熱く歪んでいる。そいつを無理に飲み込もうとして、喉がやけに強くなった。 「ただの人間が灰人となった場合の初期症状は主に三つだ。一つは過剰なまでの身体能力の上昇、ここで多くの人間は自分の死を予感する。そして二つ目は極度の興奮状態に陥っての錯乱を引き起こし、大暴れ、さらに感染を広げてくれる。そして沢山運動した後は勿論――――」  リュウジがここにきて今日一番の笑顔を見せた。ざらつく視線に生暖かな唾液を絡めたような声で、馳走を目の前にしたかのように微笑む。  まるで、そう――それは、 「――僕達は、とてもお腹が空いてしまうんだ」   ケダモノソノモノダ。 「それは身が捩れるほどの耐え難い空腹だ。それを君は想像できるかい? 鼓動が腹で暴れ、眼球が蠢き、止めどない唾液を抑えられないほどの餓えを感じ、それを呑み込んでも癒えない猛烈な乾きに喉を焼き焦がされ、巨大な穴が胸に空いたように虚ろとなっていく時の孤独感を……味わったことがあるかい?」 既視感キシカン既視感。 これは昨夜にもあった。 「ならそれは何で満たされる? 豊満に肥えた家畜の肉を頬張れば? 熟成された高級なワインを喉に流し込めば? 愛しい人間をベッドに沈めて思うがままに抱きしめれば? …………いいやいいや、違う違う――――違う」 いやに低く打つ心音だ。 この鼓動を知っている。  「それじゃ全然足りないんだよ…… 足りない、 癒りない、 満りない、 消りない、 得りない、 タリナイ、 まったく足りないんだ……」  橋の上で感じた冷たさだ。 命を掌握された時の音だ。 「それじゃぁ確認だ、解りきっていることを聞くのだから心して答えてくれよ、もし間違った答えを出したら、そうだね……まずは右手の骨を先に砕くとしよう。いいよね?」 イイワケあるかよ。 イイワケなんてない。  だが、お構いなしにリュウジは質問を重ねた。  簡単質問だと微笑みながら―― 「僕達の “好物” はなーんだ?」  そう、楽しげに言った。
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