第六幕『海の黒の魚』

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 笑う、笑う、笑われる。  ガリガリに痩せて血色の悪い、だけどこの上なく似合っている不気味な笑顔。鋭い犬歯を見せつけるように皮だけしかないような頬を吊り上げて、髪を掻き上げ、灰人の証を見せつけられる。なら俺の感想は実にシンプルに収束される。 「あぁ……今にも食われちまいそうだ」  そして、リュウジの唇が動く。  知っての通りだと、わかっているのだろうだと、全ては複線通りだと、これが物語の設定だと、ただただ、残酷な笑みから唇が動く。 「そうだ、その通りだよ―― “人間” ――」  正解だ。    こいつらは、  こいつらにとってただの人間は――タダの餌だ。  洒落た比喩でもなければ、ジョークでもない。 「君達は僕達の果肉だ、  君達は私達の水源だ、  君達は俺達の給餌だ、  この上無く飢餓を満たし  この上無く飢渇を潤わし  この上無く孤独を埋める  素晴らしいご馳走だ   」  忌み嫌われる、その根源は想像も届かないだろう餓えの果てにある。  もし、呪灰に取り憑かれた時、そこにはナニがいるだろうか。  例えば家族。  飲んだくれのクソ親父と、小言の五月蠅い母親と、ツレない兄貴と妹がいたとして、それでも嫌いじゃない家族がいたとして。  例えば友人。  くだらない事でバカ笑いし、くだらない事で言い争い、くだらない事だと仲直りし、そんなくだらない事でバカ騒ぎを楽しめる友人がいたとして。  例えば恋人。  約束を交わし、唇を結わし、身を契わし、心を通わし、たわいもない明日を話し合える恋人がいたとして。  例えば他人。  なんら興味もない、関わりもない、知り合う予定もない、横を通り過ぎ、どこかへ消えてしまい二度と会う事もないだろうなどと、そんな事を考えもしない程の赤の他人がいたとして。  ソレがただのニクに見える気分はどうだろうか。  男女の差別なく、少年少女の分け隔てなく、棺桶に足を半分突っ込んだ老爺老婆だろうと関係無く、どのような家族であろうと好き嫌いなく、友人恋人他人戦友怨敵味方の区別もなく、それはそれは美味しそうな――  ――――食事に見える気分は。
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