第六幕『海の黒の魚』

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「あの時、僕達は飢えきった種族で、突如現れた君達はこの上無いご馳走だった、ならこれ以上の理由もない。食べるために多種族を狩り食す、もっとも単純で、もっとも純粋な闘争だ。君達だって、そうやって種を残して生き残ってきたんだろ?」  身を灼くような餓えに涎を垂らし、駆け出し、押し倒し、殴り伏せて、皮膚へと犬歯を突き立て柔らかな肌を食い破り、肉を噛みしめ引き千切り出して、切歯で筋を細かく噛み刻み、舌で味わいながら奥歯へと押し込め磨り潰し、咀嚼し、咀嚼し、咀嚼し、喉を鳴らして呑み込んで、渇きを覚えれば血を啜り、背骨を取り出し骨を噛み砕いては随を吸い出し、頭骨を割り中を掬いだし、一滴、一片、一骨残さず、ただただ最後まで、最後の最後まで、食い尽くしてしまう。 「……そもそも人間が人間を喰う方が間違ってんだよ、くそったれめ」  そうやって、親に、子に、友に、恋人に、他人に喰われる気分とやらはどうだろうか、あぁ、あぁ勿論、想像も―― 「――その苦しみを想像もできない癖に眠たい事を言うなよ――――“バン”」  声が棘を付けて比重を増し、飛びかかるように俺の瞼を叩いた。 「どうして人間を食べたらダメなんだい? 二本足で立っているからか? 他の種族と違って賢い生き物だからか? それとも自分と似ているからかい? いいや違う、それは君達が人間を喰わない理由でも、ましてや多種族を喰っている理由にもならない、君達はそんな事も考えずに食事を続けているだけだ」  一瞬だ、一瞬だけ、その変わりように瞼を閉じて、開いて、お次は目を疑った。 「君達が人間を喰わない理由はただ“法則”に縛られているからだろ?」  だが、俺の目じゃない。 「何者かが、それとも神か、誰かが決めた法則にタダ従っているだけだ」  疑ったのは、リュウジの目だ、右目――灰人の証である右の黒一色眼、その姿形を疑った。 「だけどね、そんなの法則なんて僕達は知ったこっちゃないんだよ」  疑い、そしてすぐに理解する。
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