闇夜の演劇場

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半開きになったコンテナの入り口から入り込んでくるこの匂い。 別にこいつは苦手ってわけじゃない。 こいつは、この街で住むのなら、否応なく順応する法則。 撃たれる、切られる、血が出て、ばらまいて、そして死ぬ。 法則に従った簡単な答えに付きまとう香りだ。 だが自分が居る空間の空気が淀み始めたってのは、生理的に耐え難い物がある。 このコンテナを飛び出せば、それからも解放されるが、しかしそれはかなり危ない賭けだ。 ……まだしばらく、この中でやりすごすか……。 そう思った矢先に、今度はもっと鼻を突く異臭が突如として加速的に充満してきた。 「なんだ? くせぇ……って、こりゃ……あぁくそ!」 見えずとも察してしまった現状に思わず悪態が出る。 硫黄の臭いに似たこいつは……あぁ間違いない。 こいつは人が焼ける臭いだ。 血の臭いなんてこいつに比べたら消臭剤みたいなもんだ……。 人間の髪が焼け焦げる臭いは一瞬にしてコンテナを埋めた。 耳を澄ませば、背にしたコンテナの向こうからバチバチとナニかが焼け落ちる音がする。 「誰だよ、気のはええカクテルパーティーなんか始めやがったのは……」           カクテル 恐らく誰かが火炎瓶を早々とぶちまけやがったんだろう。 ……とんだ悪ガキ共だ。 しかし、こうなれば場面は急転。 俺のここでやり過ごしてしまおうという、平和的な上に安全な目論見は白紙に戻された上に、火まで点けられたと来れば、ここに隠れていたら、5分と待たない内にここは燻製釜状態。15分もすれば煙が満ちてきて、スモーク人間のできあがりってわけだ……。
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