きっとそれは、誰にでもなれる姿

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「ふぅ……」 ようやく午前中の「お客様」も途絶え、美鈴は額に浮かぶ汗を拭った。一匹一匹はさほどでもないような連中でも、数が多ければやはり大変なものがある。しかも、押しかけて来られるのは連日のことなのだ。 本当に迷惑だ、と美鈴は思った。腕試しの挑戦者もそうだが、それ以上に射命丸の記事が迷惑だった。普段は嘘と誇張だらけの三流ゴシップ新聞、という程度の認識しかされていなかったはずなのに、どうしてこんなときに限ってみんな記事を真に受けるのか。誰かに陥れられているような気すらした。 いかに多くの者が「実は最強」というシチュエーションに憧れているのかがよくわかる。だが、「明日から本気出す!」と息巻く者の本気と同様に、「実は最強」などというのは所詮幻想にしか過ぎないのである。 美鈴は自分のことを取り立てて強いなどとは思っていなかったし、それでいいと思っていた。門番の役目はしかるべき客を丁重に迎え入れ、また招かれざる客に丁重にお帰り頂くことであって、爪を隠す鷹である必要はなかった。お嬢様の護衛なら強くあらねばならないだろうが、門番は護衛ではない。 「お疲れ様、美鈴」  美鈴が門柱に身体を預け、ぼんやりともの思いに耽っていると、横から声をかけられた。振り向かずとも、その怜悧な声の主が誰であるかはすぐにわかる。紅魔館侍従長の十六夜咲夜だ。 横を見ると、咲夜が腕組みをしながらこちらを見ている。その視線がどことなく冷たいように感じられるのは、気のせいだろうか。 「咲夜さん……」 「はい、美鈴。お昼ご飯よ」 そんな言葉と共に手渡されたのは、小さいコッペパンが一つ。思わずまじまじと咲夜の顔を見つめる美鈴に向かって、咲夜は硬く冷たい声で言った。
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