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「あら、『実は最強』の美鈴さん、貴方は実力のわりに当館では不遇で、与えられる食事は一日二回のコッペパンだけ、なんじゃなかったかしら?」
「か、勘弁して下さいよぅ! ただでさえ根も葉もないゴシップに振り回されてるんですから!」
手を大きく振りながらまくし立てる美鈴をしばらく黙って見つめていた咲夜は、そのうち小刻みに肩を震わせだした。
「あ、あの、咲夜さん……?」
「ふ、ふふ、あははっ! ――ごめんなさいね。ちょっとした冗談よ」
そう言って、指をパチリと鳴らす咲夜。次の瞬間には、美鈴の隣に料理の皿の載った一人掛け用のテーブルが置かれていた。
よく冷えているらしいお茶の入ったコップを、咲夜は静かにその上へ置く。
「はぁ……」
「ここしばらくお客様が増えていらっしゃるようだから、貴方にはすまないけれど、ここで食事を取ってもらうわ。また先日のように、貴方の食事中に入り込まれちゃ敵わないからね」
「わかりました。もう、脅かさないで下さいよ、悪い冗談ですっ!」
笑いながら椅子を引いてくれる咲夜に向かって、美鈴は苦笑いを返した。
件の号外に「門番の虐待!? 侍従長十六夜咲夜氏にナイフ投げの的にされる美鈴さん」などと書き散らされたため、しばらくのあいだ咲夜はどことなく不機嫌そうであったのだ。“パーフェクトメイド”を自認しているだけあって、咲夜は周囲の評判や体裁というものをかなり意識する。もっとも、そのわりには惚けたところもあるのが、美鈴からすると微笑ましいといえば微笑ましいのだが。
今でこそ不機嫌な様子をあからさまに面に表すことはなくなりつつあるが、こうしてちょっと意地悪な悪戯を仕掛けるところを見ると、未だに腹の虫は治まってはいないのかも知れない。
「まったく、嫌になっちゃうわね」
そんな風に呟く言葉にも、どことなくトゲがある。実力主義、能力主義、完璧主義と三拍子揃った咲夜にとっては、「実は最強」なんて冗談にもならないのだろうが、それにしても機嫌がよくなさそうだ。
椅子に座ったまま、食事に手をつけずにこちらを窺う美鈴の視線に気づいたのか、咲夜は軽く息を吐いて前髪をさっと掻き上げる。
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