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その日俺を呼び出したのはたったひとつの留守電で、そこにはやさしい声が残っていて、俺は今もそこから動けないままでいた。
友人に戻ろう。
そう言われて、手のなかにあったぬくもりを手離したのは半年前のこと。
初めてキスしたのは付き合って二週間後のことで、体を重ねたのはそれから更に一ヶ月後、笑っちゃうことに手を繋いだのは別れる三週間前だった。
順番間違ってるだろ、なんて笑い合っていたけれど、抱きしめられた腕のなかで柄にもなく焦って無我夢中だったなんて言われたら愛おしく思わないわけがない。
あのとき、俺たちは間違いなくしあわせだったのだ。
蜂蜜のように甘い言葉と心地よいぬくもりとどうしようもない熱に包まれて、あの頃俺たちはこんなむず痒いしあわせがずっとずっと続くと思っていたんだ。
別れの日のことは今でもはっきり覚えている。
降り注ぐ満点の星空と、零れ落ちそうな下弦の月。そよぐ風がどこまでも穏やかで、繋いだ手のぬくもりまでもやさしくて、ただただ緩やかに流れる時間にたゆたっていた。
鼓膜を震わせる甘い声がやさしい響きで俺に刃を突き立てるのを、俺はどこか他人事のように感じていて、そういうとき、ひとって本当は理由を問い詰めたり泣き喚いたりとかするんだろうけれど、俺はひと言も、そう情けないことに何ひとつ言葉という音を発することが出来ずに棒のように立ち尽くしていた。
携帯を耳に当て、留守電を再生する。
やさしい声があの日と変わらないままそこにあって、あの日からやっぱり動けないまま涙がひと筋だけ頬に滑った。
それはまるで子守唄のように
20090905
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