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ばっちり目が合ったのは一瞬で、勢いよく視線を逸らした俺は、窓のほうを向きながら再び歪み始めた視界に舌打ちした。
あぁ、なんでこのタイミング。
俺の舌打ちをどう理解したのか、部室に入ってきたそいつは控え目に「あの……」と声をかけてきた。
何だよもう、こういうとき普通は黙ってその場を去るのがマナーってもんじゃないのか。顔だけよくてもモテないぞ。
そんなことを思いながら、鼻声で「……何だよ」と答えれば、俺の視界の炭にそっと白いハンカチが置かれた。
無言で部室を出ていく音がして、再び静寂が訪れた室内に俺の鳴咽と場の空気に似つかわしくない渇いた笑いが落ちた。
いつも必要以上に喋りくさる奴が黙るなんて珍しいこともあるもんだとか考えながら、奴のブレザーのポケットに入っていたであろう微かなぬくもりを残したハンカチを手に取って目を押さえる。
石鹸とアイツの匂いがした。
瞬間、触れたやさしさに再び涙が込み上げてきて、あぁしまった、と思った。
いつの間にか俺の胸に住み着いてしまった笑顔だとか、低くて心地よく響く声だとか、気付いたらそれがすべてになってしまっていて――あぁ、しまった、と二回目の呟きと嘆息が漏れた。
恋多き男の肩書は伊達じゃないなんて。
忌ま忌ましいことに高鳴る心臓を あぁ誰か今すぐ止めてくれないか
20090905
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