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自分はサディストではない。決して。
苦痛に歪む顔や虐げられる様に愉悦を覚えたことなど、この28年間生きてきたなかで感じたことなどない。
至ってノーマルな性的嗜好の持ち主だと信じて疑わないのは、この妙な昂揚感にも似た感情が、ただの知的探求心から来る感情の昂ぶりだと信じているからだ。
「いッ……いた、痛い! 孝司!」
「孝司“さん”、だろ?」
「孝司さんっ! も、マジ無理!」
俺の腕に押さえ付けられ折り畳まれた体が、なんとか逃れようとするのを察しグッと力を込める。だが、直後に悲鳴じみた声を上げた甥っ子に、俺は満足げに口の端を上げ解放してやった。
「し、死ぬ……」
「安心しろ、ストレッチで死んだ人間はいない、多分」
ぐったりとラグの上に寝そべった修一の姿に、いつもならば行儀が悪いと蹴飛ばすところだったが、慣れない長時間の勉強とストレッチに今日ばかりは見逃してやろうと、俺はひとつ大きな伸びをしキッチンへと向かう。
ブラックコーヒーとミルクを多めにしたカフェオレを用意し、マグカップ二つを持ち再びリビングヘ戻れば、さきほどとは居住まいを正した修一が俺を恨みがましい目で睨んでいた。
「……勉強教えてって泣きついて来たのは、どこの誰だ?」
「俺ですよっ! でもストレッチなんて頼んでねぇ!」
「気分転換になっただろうが」
「う……」
期末試験対策が相当ヤバかったらしいこの甥は、わざわざ俺のマンションまで転がり込んで来て勉強教えろとのたまいやがった。
正直言うと、俺自身仕事が立て込んでいる状態ではあったのだが――
『お願いします……っ、孝司しか頼めるやついないんだよ!』
ワイシャツに皺が付くのなんてお構いなしに、縋り付いてきた修一がなぜか可愛く見えた――いやいや、もちろんそれは叔父としての感情だろうが!
間違いなく涙目だったしな、あのとき……。
いや、だからってどうってことはないんだが!
やけに動揺している心臓を落ち着けるため、コーヒーを飲みながらソファーへ深く腰掛けた。
猫舌な修一は、手渡されたカフェオレをちびちびと飲んでいて、俺はそれを不自然にならない自然さで見ながら、テーブルの上に広げられた数学のテキストを手に取る。
懐かしい、という感情はない。
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