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ガラシャの部屋は広いが、飾りたてたところの無い、思いの外質素な部屋だった。一番奥の座に立派な聖母マリアの像が飾られており、美しい花が生けられていた。
「片倉様」
ガラシャは歓びを抑えきれず、何度も「片倉様」と呼び続けた。
「ガラシャ様」
小十郎はやっと彼女の名を呼んだ。「主君である政宗公の特別な許しをいただき、後れ馳せながらやって参りました。またお目にかかれて、うれしゅうございます」
「私の我が儘に政宗公が答えて下さるとは……何と感謝したら良いか…分かりませぬ」
家臣が酒を運んできた。ガラシャはもう下がってよいと家臣に告げた。
細川ガラシャと片倉小十郎は、二人で酒をたしなみながら、言葉少なく二人だけの時間を過ごした。
「私は、明日にもこの世から消えねばならないのです」
予想はしていたが、直接本人に言われると、大抵の事には動じぬ小十郎の顔は悲痛に歪んだ。
「どうしても貴女は自害されるつもりなのですか」
「自害はいたしませぬ」
「…………」小十郎はガラシャの言葉の意味が分からず、黙ってガラシャを見つめ続ける。「私はキリシタンゆえ、自害は固く禁じられております。なので………」
「貴方の刃にて、この命を終わらせていただきとうございます。それが私の最後のお願いです。どうかお断りにならないで下さいませ。愛しい人の手により、この世を去りたいのです」
「某は女人を切った事はございません」小十郎は悲痛に呻いた。
「貴方様が切る、最初で最後の女人にして下さいませ。」
ガラシャは聖母像の横に置いてある聖書に手を置き、「姦淫してはならない、という掟がありますが、私はその掟を破りました。心で思うだけでもいけないのだそうです。」そう言って小十郎を見つめた。「私は夫である忠興よりも、片倉様を思い続けておりました。毎日片倉様のご無事を祈っておりました。そして最後に片倉様の手により死にたいと神に願いました。」
「その願いは叶えられるのでしょうか?」ガラシャは小十郎に問うた。
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