383人が本棚に入れています
本棚に追加
【1】小さな花屋
東京のとある駅前の交差点。
その角に、小さな花屋がありました。
その場所で始まってから、もう50年が経っており、いくらか改装を重ねてはいましたが、その優しい趣(おもむき)はずっと変わらず、たくさんの人達の憩いの店になっていました。
お隣さんは幾度となく変わり、その頃はコンビニでした。
『756円になります。…はい。千円からお預かりします。』
コンビニの若い店員が、慣れない手つきでレジを打つ。
『隣の花屋は、どうなるんかねぇ…。』
『えっ?あっ!』
急に話し掛けられ、慌てた店員がお釣りを落としそうになる。
『おぅ、悪い悪い。新顔じゃ知るわけないよな。』
それを見ていた店主が、奥から出てきた。
この年輩の男は、いつも会社帰りに立ち寄る常連さんでした。
『いつもどうも。いいお婆さんだったのにねぇ。今朝方、急に逝っちまってね。アルバイトの子がいたが、どうなるんでしょうかね~。』
『仕事で滅入った時でも、あの店の花を眺めていると、妙に癒されてね。あの婆さんは、いつも私の気持ちをお見通しの様で、花言葉に例えて、色んなことを教えてくれたもんだ。もうそれもできなくなったと思うと、寂しいもんだね。はぁ…。んじゃおやすみ~。』
『ありがとうございます。お気をつけて。おやすみなさい。』
深いため息をついて、コンビニから出てきてた男は、花屋へ目をやった。
夜の7時を少し過ぎた頃。
普段ならまだ花屋は開いており、明るい店先には、仕事帰りの客が、立ち止まって花を眺めている時間であった。
しかし、今夜の店に明かりはなく、冷たく閉じられたシャッターには、お悔やみの貼り紙がされていた。
男は、軽く手を合わせた。
『婆さん。今までありがとうな。寂しくなるよ。お疲れさま。』
そう言って、単身赴任のアパートへと帰って行く。
通り過ぎる車に、歩道に落ちている花びらが揺れ、何かを惜しむかの様に、少しずつ、店から遠ざかって行った…。
最初のコメントを投稿しよう!