第Ⅳ章

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私の心はただあの時…5年前の思い出だけに支えられていた。 日本酒を飲み干し、私はタカシに一つのお願いをした。 「もう一度抱き締めて…そして一度きりの口づけを私に下さい… それ以上を望んでも、きっとあなたは頷いてはくれないでしょう?だから…」 タカシは黙って立ち上がり、私も立ち上がった。タカシはそっと手を伸ばすと引き寄せ抱き締めた。そして静かに掌を頬に添え口づけをした…優しく舌が絡まり探りあう…切ない最初で最後のキス… そしてゆっくり唇を離し、また胸に抱き締め 「ありがとう…ごめんね…」 と呟いた。 胸から直接響くタカシの声… その暖かさだけを支えに生きて来たのだった。 約束通りあれから一切メールも電話もしなかった。しかしこの5年の間タカシを忘れた事など一度もなかった。もしかすると彼女が出来て結婚の約束をしているかも知れない… それはそれで切ないけれど、もしそうであるならタカシを…その彼女を祝福したいと思った。きっとタカシは家庭を大切にする人だと思うから…幸せになって貰いたい…私が手に入れられなかった暖かい家庭を…私の分まで… そんな願いを持つようになっていた。
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