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「いやー、調度よかった。こないだ全部使っちまって困ってたんだよ。あんまり腰抜けなもんで苛ついてたんだが、うっかり殺しちまわなくてよかったぜ。――あ、有り金全部だぞ?」
・・・・・・・。
あっははははは。
再び、笑い声が響いた。
「――失念して……いました。あなたが《黒狼の死神》たる、もう一つの理由を」
一つは、魔法具。
黒い鎌――『黒狼天竜』を好んで使用することからそう呼ばれている。
そして、もう一つは……。
「閣下は――極悪非道、との噂でしたね……」
冷酷に命を奪っていくような、死神に、例えて。
男は力無く笑いながら、ポケットを探り財布を取り出し、青年の細い手の平に乗せた。
「サンキュー」
青年はヒラヒラと財布を振った。
「……死体は多分回収に来るから、放置しといて構わねぇ。――んじゃ、もうこんなのに捕まんなよ」
岡本をひょいと担ぎ、巨大鎌を一降りしてピアスに戻してから、青年は踵を返した。
――その背中は点になり、やがて消えた。
そして、男はあることに気付く。
「帰りの――電車賃が、ない」
迎えを呼ぼうにも男に家庭はないし、移動系の魔法具は酷く高価で、仕事以外では持ち歩くことができない。
「オレは……どうすればいいんだ」
むろん、そんなことは分かっている。
電車で30分、乗り継いで、バスで15分の道のりを、歩いて帰る他はないのだった。
「極悪非道……」
トホホと、男は力無く笑った。
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