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「……畜生!」
足元にあった薄汚いごみ箱を蹴飛ばして、男は罵声と共に鼻息を荒く吐き出した。
耳障りな音を発てながら、歪な箱は闇へと転がっていく。
それでも一向に覚めやらぬ怒りに任せて、男が手近な灰色の壁を蹴り上げると、猫一匹いない静まり返った闇夜に、やけに鈍い音が響いた。
普段の彼を知る同僚が見たら、さぞ驚くことだろう。
常に冷静さを失わなかった理知的な男の顔は、今や怒りに歪み、自分の感情をまるで制御できていないような様相だったからである。
睦月も半分が過ぎた頃。
男がいるのは、深夜の商店街だった。
雪は辛うじて降っていないものの、全身を切り付けるような凍てついた空気は、先月の下旬から変わっていない。
昼間はにぎやかなこの通りだが、今の時間では開いている店もなく、閑散としている。
数年前までは眠ることを許されなかったこの街が、だ。
これも男の苛立ちを助長させていた。
「今までお前らを守ってやってたのは、一体誰だと思ってやがる!」
静寂に、堅い壁を強く蹴る音だけが響く。
「戦争が終われば用無しか! 薄汚い平民共め!」
今度はそれに、パラパラと破片の降る微かな音が加わった。
訓練で鍛え上げられた蹴りが、容赦なくコンクリートを打ち鳴らす。
やがて男は、ふっと足を降ろして、溜息をついた。
「……畜生」
力の無い目で、襟の脇に付いた指先程の小さな徽章(バッジ)を見る。
この国――東京連合国の国旗が描かれた、その徽章。
王立国軍の、印。
――男は、軍人だった。
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